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● ミニ特集 選評小冊子 ●
▼選評の名作?─日本ファンタジーノベル大賞

新潮社の日本ファンタジーノベル大賞。受賞作が単行本として出版される際、薄い選評小冊子が付きます。
これが面白いんです。審査員の方々、かなり毒舌ですし。ですから、受賞作の単行本を古本でお買い求めの時には、小冊子が付いているかどうか、確かめられた方がよろしいでしょう。
と言いつつ、ウチでも、気分次第で<選評小冊子欠>って書いたり書かなかったりしていました。改めます…。

※手元にあるものの中から、名言や笑っちゃう評を選んで、なるべく文脈をこわさないように抜粋してみました。でも適当です。

※文庫版には小冊子は付きません。

※重版本にも付いているものを見かけた経験があります。(うろ覚えですが。)したがって、初版だけに付いているのかどうか、定かではありません。

関連して→日本ファンタジーノベル大賞つながり

● 第1回 選評小冊子より引用

『後宮小説』
(酒見賢一/新潮社)


『宇宙のみなもとの滝』
(山口泉/新潮社)

●『後宮小説』(大賞)と『宇宙のみなもとの滝』(優秀賞)

高橋源一郎…『後宮小説』にあって『宇宙のみなもとの滝』にないもの、それは淡い哀しみを帯びた「軽さ」である。この「軽さ」は軽薄短小の「軽さ」ではなく、重力から逃れてあることの「軽さ」だ。…中略…この「軽さ」は内閉的な夢を語ることによってではなく、ついに重力から逃れることのできない我々人間というやっかいな存在の運命を直視することによってしか得ることのできない宝物なのだ。我々はこの稀な宝物のことを「ファンタジー」と呼んできたのである。

矢川澄子…おなじ幻想文学といってもその虚構の力点をどこにおくかによって結果はかくも異なってくる。歴史に活路をもとめた酒見氏と、ことばの本来の意味でのエスペランチスト山口氏との場合はその両極端にあって好対照をなすともみられよう。「シリアスなもの」と「まことしやかなもの」との対決の結果は、図らずも後者の勝利となった。…

● 第2回 選評小冊子より引用

『英雄ラファシ伝』
(岡崎弘明/新潮社)


『楽園』
(鈴木光司/新潮社)


『ラスト・マジック 新潮文庫ファンタジーノベル・シリーズ』
(村上哲哉/新潮社)

●『英雄ラファシ伝』(優秀賞)

荒俣宏…最終候補作5編を読了した直後の率直な気持ちは、落胆、であった。
○冒頭と終幕部のみ鮮やかな切れ味を見せる幻想ファンタジー。(ラファシについて)

井上ひさし…思いついた比喩やギャグを全部並べ立ててはいけない。


●『楽園』(優秀賞)

荒俣宏…ファンタジーとして見たとき欠点が目立ちすぎる。まず物語が、欧米にいくらでもある一万年のときをへだてた恋、であること。これがつらい。

井上ひさし…『楽園』第二章に脱帽。

高橋源一郎…第二部は驚くべき筆力で書かれた冒険譚であり、この部分だけでも大賞の価値があると思わせたが、三部のSF的結末の安易さや一部の平板さが足を引っ張った。

矢川澄子…安定した筆づかいで、たのもしい大人の作品の趣きがあり、とりわけ第二部は出色だろう。


●その他の候補作品(『ラスト・マジック』『念術小僧』)についての言及

矢川澄子…なぜ「ファンタジーノベル」に応募されたのか理解に苦しむ。

● 第3回 選評小冊子より引用

『バルタザールの遍歴』
佐藤亜紀/新潮社)


『六番目の小夜子 新潮文庫ファンタジーノベル・シリーズ(元版)』
恩田陸/新潮社)

<店主注>バルタザールの遍歴はみなさん大絶賛。面白いのは、当時、ひょろっと現れたばかりの恩田陸『六番目の小夜子』がどう評されているか、ではないでしょうか?

●『バルタザールの遍歴』(大賞)

荒俣宏…完璧な小説

井上ひさし…こういった仕掛けには、抜群の文章力が必要になるが、作者はその文章力を備えていた。

高橋源一郎…もちろんいくつか気になる箇所がなかったわけではない。陰謀とロマンと愛憎が渦巻く話にしてはエロスが乏しいという感じが残ったのは作者が女性であるせいなのかもしれない。

矢川澄子…破格というか抜群というか、…後略。


●『六番目の小夜子』(最終候補作)

荒俣宏…かなり力のあるサスペンスである。都市伝説あるいは学校伝説に材をとり、ひとつの謎で最後まで読者を引っぱっていった構成力を買う。

安野光雅…『六番目の小夜子』は若い編集者には大変人気があったという話を聞き、再読して納得したことをつけ加えておきたい。

井上ひさし…惜しいことに、読者は少しばかり肩すかしを食わされる。つめが甘いのだ。しかし、学校という存在の不思議さをよくつかまえているし、なかなか力のある書き手だとおもう。

● 第6回 選評小冊子より引用

『バガージマヌパナス』
(池上永一/新潮社)

『鉄塔武蔵野線』
(銀林みのる/新潮社)


『ムジカ・マキーナ』
高野史緒/新潮社)

<店主注>鉄塔〜がとんでもなさすぎて、かすんでしまったけど、高野史緒『ムジカ・マキーナ』が候補作として残っています。それについての言及が気になるところ。特に荒俣さんの言葉は予言めいていて、すごいです。大当たり。

●『バガージマヌパナス』(大賞)

荒俣宏…『鉄塔武蔵野線』の破天荒さには勝てなかった。

井上ひさし…「書いてしあわせ、読んでしあわせ」とでも評すべき明朗闊達な快作、活字の列の間から心地よい南の風が吹き上がってくる。


●『鉄塔武蔵野線』(大賞)

荒俣宏…一作にして<鉄塔文学>というジャンルを創ってしまった。

井上ひさし…題名は凄いが、どうもこれは「壮大な徒労」とでも名付ける他はない作品のように思われた。…中略…人間心理にこれほどの痛棒を食らわせた作品を見逃してはいけないと思い直した。

高橋源一郎…空に立つ無数の鉄塔。わたしたちはそれがあることを知っているのに実は「見た」ことなどなかったのだ。未知の世界は、ただそれを「見たい」という人間の前にだけ姿を現すのである─

矢川澄子…おそらくこれはいままでの全応募作品を通じて最もユニークな一篇とみてよいだろう。
どんな壮大なスケールの宇宙創世譚にも劣らない豊かな物語が子供の心の王国にあることを久々に思い出させてくれた。


●『ムジカ・マキーナ』(最終候補作)についての言及

荒俣宏…たぶん、どこへ出しても一級品として通用するだろう。この作者は偉大なるマイナー作家をめざすべきだ。無冠は、むしろ、誇りとなるだろう。

安野光雅…『ムジカ・マキーナ』高野史緒の文章が一番すぐれ、新人とは思えない。

矢川澄子…この種のエンタテインメントとしては堂々第一級の作品として通用するだろう。ただし、─(後略。先例のある類型的な試み?というような内容で続く)

● 第7回 選評小冊子より引用

『バスストップの消息』
(嶋本達嗣/新潮社)

『糞袋』
(藤田雅矢/新潮社)

<店主註>どちらもタイトルにそそられず、個人的にはこの賞に対する関心が薄れて来た頃です。実際、大賞ではありません。審査員の辛口評に注目。特に矢川澄子さん、恐ろしいです(笑)。

●全体について

井上ひさし…どんなコンクールにも「波」はあるらしく今回は低調、それも「コンクール始まって以来の」という形容詞が付くほど調子が低かった。

矢川澄子…おそるべき徒労感といおうか。なぜよりによって今年はこんなにつまらなかったのか。─中略─と、ふとそんなことを思いたくなるほどの低調さだった。
昨年、一昨年の充実ぶりがなつかしい。


●『バスストップの消息』(優秀賞)

荒俣宏…この「動くバス停」という着想が、その後に展開される「情報システム」としてのバス路線の謎を十分に明示する題材になり得ていない。読者は何度も当惑するだろう。

高橋源一郎…「動きはじめるバスストップ」のイメージは鮮烈だが、作者のイメージに文章がついていけないもどかしさを読者は感じるはずだ。惜しい!


●『糞袋』(優秀賞)

荒俣宏…─次々に珍アイデアを爆発させるのに、なぜか伏線が収斂していかない。
七色の球種をもつピッチャーだが、四球連発のノーコン病といった感じなのだ。

高橋源一郎…この「きわめて面白い小説」にはなにかが欠けている。そう、この小説にはなにより「ファンタジー」が欠けているのだ。

安野光雅…「糞袋」はいわば、タブーに挑戦した。だから面白いのに、意見を述べるときは緊張を強いられた。「なにも悪くない」。でもこれを大賞というには不安が残る。

● 第9回 選評小冊子より引用

『ベイスボイル・ブック』
(井村恭一/新潮社)

『競漕海域』(佐藤茂)

<店主註>ずっと大賞が出なかった後の、久々の大賞ということで、審査員が沸き立つ中、矢川澄子さんが一人不満そうです(笑)。私もその気持ちが分からなくもないです。受賞しなかった作品が私の好きそうなSFみたいなんですもの。

●全体について

矢川澄子…─ただ、大賞、優秀賞ともに、スポーツに関連した作品となると、ひよわな女子供はしくれとしては多少首をかしげざるをえない。
─いずれにしてもわが同性たちは、いっそいじらしいほど真面目な次元でものを書いている、というのが今回の偽らざる感想である。これでは論理性首尾一貫性や、人を食った豪放なユーモアやギャグをもとめる異性陣のお眼鏡にはとうてい叶わない。佐藤亜紀さんなどはつくづく大器だったのだなと、いまにして思う。


●『ベイスボイル・ブック』(大賞)

矢川澄子…大賞の『ベイスボイル・ブック』にこれほど票が集まるとは思わなかった。ぜんたいに若々しくそれこそあっけらかんとした明るさにみち、比喩や色彩感覚の上ではたしかに抜群だろう。


●『競漕海域』(優秀賞)

椎名誠…─力技でぐいぐいせめてくる作品で、これもまさしくファンタジイの領域なのだろうと思った。
─どうも装置の割にははぐらかされた。けれど力のある人だと思った。

●その他、選評小冊子がない在庫。 関連して、受賞作一覧など→日本ファンタジーノベル大賞つながり

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