このコーナーの目次へ 古本屋HoneyBeeBrand 今日の一押し古本、書評、画像で紹介

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若くて、苦い、永遠の。
『もう森へなんか行かない』(エドゥアール・デュジャルダン 鈴木幸夫、柳瀬尚紀訳/都市出版社)

文学史上の事件となった作品です。
ジェイムズ・ジョイスが着目した「内的独白」という技法で書かれた小説なんだって。でもそれは横に置いといて。要するに、青年の独白のみで描かれている小説なんです。
とりあえず味わって、後でなるほどそうだね、と思えばそれでいいですよね。

若くて美しい女が若い男の心をめちゃくちゃにする手管のすべてがここにあります。女はどう見てもタチが悪く、一見すると、読者にはまるで他人事です。
しかし、それは、相手が自分を愛していないと知っていても期待したり、節を曲げてでも、なんとか歓心を買って相手を振り向かせたいと願う、自尊心の葛藤であり、焼けつくような渇望でもあります。そうなってくると、誰にでも覚えのある物語に変貌しませんか。青春の蹉跌と陥穽。この後、さまざまに形を変えていくさまはここで描かれていませんが、恋の入り口として、どこかで見もしたし、感じもしたような。古今東西、不変の。
青年はまったく分かっていないわけではありません。女の本性を分かっていて思い惑う。でも完全な遊びにはできない。若くて、苦い物語が、青年の独白により、今まさに読者の目の前で繰り広げられます。時制は常に「今」です。
あとがきによると、意外にも、厳しく批評されたことがある小説らしいですが、カタストロフィを期待させるリーダビリティもありますし、不変のテーマと特徴的な技法の発明で、─永遠の名作ではないにしろ─永遠の小説、と言われてもいいと私は思いました。

よく本歌取りされる有名なタイトル。柳瀬尚紀訳。挿絵あり。章題代わりのアルファベットは飾り文字。堀内誠一装丁。心の片隅にちっちゃな文学の部屋を持つコレクターとしても見逃せない1冊。

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男の持ち物。
『クシー君のピカビアな夜』(鴨沢祐仁/青林堂)※漫画

男だねぇ、と思います。男に代表されるものはいろいろあって、ゴルゴ13も男ぉ〜!だし、007も男!だし、フィリップ・マーロウも男!です。でもクシー君も完全に男なんですよね。
ベルばらは女、でも綿の国星もアリスも女なのと同じです。
クシー君の、月も星も隕石もスーツを着てるうさぎもシガレットも秘密クラブも明かりを消して食べるスターライトシャーベットも、全部、男の持ち物だという気がします。夜歩きするテディ・ベアも、数秒間だけ盗まれる蝶ネクタイもね!
たむらしげるさんについてもそうなんですが、私はいつも、これを説明する言葉を見つけられません。懐かしいと呼ぶにはあまりに(自分から)遠くかけ離れているし、ただ大好きと呼んでおくにはあまりに知らなさ過ぎる。結局、物陰から「素敵…」と思って見るしかない感じ。
なんだ、成長ないな(笑)。チクショー、男め。
あ、もちろん、男女どちらにもおすすめです。
描き下ろし1編と、ビックリハウス掲載作17編を収録。

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等身大のアルマゲドン。
『約束の土地 創元推理文庫』(リチャード・バウカー 木村仁良訳/東京創元社)

もしも、核戦争で世界が滅んだら、そしてもしも、そこで自分が生き長らえてしまったら?
そんなことを考えずにはいられない作品でした。特に痛切に願ったこと、2つ。
1、核シェルターには、たくさんの小説を用意しておいて欲しい。
2、そんな世界にも私立探偵は居て欲しい。

本書は近未来が舞台の私立探偵小説です。SFではないので、ご安心を。ただ、核戦争から22年後の世界が舞台であると、考えていただければ、それでオッケー。
主人公ウォルターの住むボストンは壊滅的な打撃を受けましたが、ようやく復興の兆しが見えてきています。人々は何とか、それなりの、そこそこの、秩序の中で暮らし始めています。ウォルターは一緒に暮らす友人達に「もっと現実を見ろ」と言われながらも、私立探偵を開業。初の依頼は、「自分はある生物学者のクローンだ。その生物学者を捜し出して」というもの。まったく経験のないウォルターの難しい調査が始まります。
全体に漂う喪失感は物悲しく、人の心はまだ見ぬ世界(滅びていない世界と滅びる前の世界)への憧れに満ちていて、ぐっと来ます。ウォルターが本が大好きなのも、本好きとして、絶対のシンパシーを感じてしまうところです。本はね、廃墟に埋もれている本を盗むか、盗んで売っている店から買うしかありません(ガーン)。死なない程度の食べ物は手に入るようになっても、人はそれだけで生きられない。本も読みたい。未来に夢も見たい。愛したい。事件の影で語られるテーマはあまりに切ないけれど、事件の展開自体も面白く、ロマンに気をとられていると、バッチリ伏線まで貼られてて、驚かされます。物語としてもミステリーとしても佳品。オススメです。

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空想力。
『ティスの魔女読本』(高柳佐知子/河出書房新社)

高柳佐知子さんの空想力にはいつも感心します。作家さんはみんな空想力があるのでしょうが、それにしても彼女の空想力には子ども心と乙女心が感じられるのです。それが失われないのが素晴らしい。
清らかで、夢いっぱい。どちらかと言えば、常に「妄想」寄りなワタクシは、少し恥じ入りながら、彼女の空想世界を覗き見ます。
本書では、
『アリゼの村の贈り物』にも出てきた少女アリゼが、友達になった魔女のティスに、魔女の秘密を教えてもらっています。例えば魔女の服は、濃紺絹1着、黒タフタ1着、黒カシミヤ1着、黒カシミヤマント1着、黒チュールスカート1着だけなんだって。「魔女はみんな絹がすき」「ホウキで風を切って飛ぶ時の絹ずれの音がだいすきなの」─。そう聞いて、子どもの頃の空想を思い出した乙女や、今年の冬は黒マントにしようかと思ったオナゴにはオススメです。
空想魔女読本。いつもながら、モノクロなのが、少し残念。

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手が届く入江麻木。
『入江麻木のファンシークッキング ナイスクッキング7 栄養と料理文庫』(入江麻木/女子栄養大学出版部)

※ビニールカバー 約18.5×13センチ 126ページ(厚み8ミリ程度の本です。レシピは85種収録)

「身近な材料で簡単に作れるファンシーな工夫が、どれだけできるかまとめてみました」、そんなコンセプトのお料理本です。
入江麻木さんと言えば、エッセイ
「バーブシカの宝石」は大変面白かったし、優しくてまっすぐでのびのびした人柄が伝わってきました。けど、料理は「半端ない」の。この単語ピッタリ(笑)。「タァータのお菓子のギャラリー」や「入江麻木のお菓子とテーブル」では、まさに「半端ない」仕事ぶりを見せてくださいました。美しい。技術がしっかり使われている。
私の見てきた入江麻木さんはいつもそんな、目の詰まった織物のようなお料理を作られる方でしたが、今回はちと違います。今までは「眺める」専門だったけど、これなら手が届きます。そう思うオナゴは多いと思うなー。
コンセプト通り、ごく簡単な普通のメニューも多いですが、ちゃんと工夫がなされています。普通のメニューを入江麻木レシピで作る喜び。レシピの中の一文にこだわりも感じて、ファンとしては嬉しいですね。もちろん「豚肉のブリュッセル風」や「鶏肉のステラ風煮込み」など、耳慣れない料理でもそそってくださいます(でも簡単)。
希少傾向です。何冊めかの入江麻木本におすすめ。

陸奥A子さんのアリス。
『ふしぎの国のアリス ファンタジーメルヘン6』(陸奥A子/集英社)

集英社さんもこんな企画をしていたんですね。存じませんでした。当時の流行りでしょうか。いろんな少女漫画家さんが、有名小説を絵本化しています。本書は陸奥A子さんの描くアリス。
表紙の画像の通り、中もカラフルで、かわいくて、とことんメルヘーンです。この絵柄、懐かしいな〜。ね〜? オールカラー32ページ。痛みはありますが、付録のピンナップもあります。
(当店では他に沖倉利津子さんのハイジも在庫しています。)

因みに、白泉社さんの「チェリッシュ絵本館」シリーズもだいたい同じ体裁で、ピンナップ付きでした。あれは原作のないオリジナル作品でしたっけ。あれもよかった!

→ミニ特集・白泉社の逸品
→アリスつながり

なんでもいいから1冊。
『花むすめのうた』(イジー・トゥルンカ:絵 フランチシェク・フルビーン:作 千野栄一:訳/ほるぷ出版)

絵本です。
花からうまれた花むすめは、庭と森と動物に愛され、幸せに暮らしていましたが…。

イジー・トゥルンカさん、ご存じですか? 私とイジー・トゥルンカさんの出会いは、友人にかなり大人げなく無理を言って譲ってもらった洋書の絵本でした。(それは私の蔵書におさまりました。すみません。) ステキー! と思って、著者を確認。スペルは…ジ、ジ、ジリ、トランカ? …チェコの方でね。英語でさえホニャララな私の手に余りましたが、調べたらソッコーでした。
この絵本のカバーでも「その活動範囲は絵本のさし絵、人形づくり、舞台芸術、動画、人形映画の製作など多岐にわたっています。現在60種類以上の絵本が世界中で愛読され、チェコで最高の芸術家として、国民に親しまれています」と紹介されています。
もちろん日本でも数冊、彼の絵本が刊行されています。この「花むすめのうた」は絶版のようですが、まだ流通中のものもあるようですので、とりあえず1冊は持っていると良いと思うのです。お子様も熱心に見つめてくれるでしょうが、大人が愛蔵したくなる絵本です。
チェコの絵本でよく見る独特の幻想的な色合いで、本当は、古い古い本に似つかわしい作風のように感じられます。私は「早く古くなれ」と、呪いをかけています(笑)。

写真の赤ずきんちゃん。
『赤ずきん ワンス・アポンナ・タイム・シリーズ』(シャルル・ペロー 定松正訳 サラ・ムーン写真/西村書店)

絵本です。モノクロ写真の絵本なんです。全40ページ。薄いです。でも心に残ります。
私がもし、料理研究家だったら、お料理絵本を作るだろうし、服飾デザイナーだったらニット絵本を作るだろうと、常々、思っていました。この本を見て、増えましたね。「私がもし、写真家だったら、写真絵本を作りたい!」。
しかもこんな風なのがいい。
ちょっと妖しくて美しくて可愛くて、怖くて、エロチックでもある、そんなのが大好きだから!
この赤ずきんちゃんは、森ではなく、石畳の街を駆けていく赤ずきんちゃんです。「赤ずきんが森の中を歩いていると、大きいオオカミがでてきました」のところで、現れるのは光る車。そんな赤ずきんです。いいでしょう?
サラ・ムーンさんについてはまったく存じ上げませんでしたが、元モデルで、ファッション写真家、広告写真家として活躍、本作品でボローニャ児童図書展グラフィック部門で大賞受賞されたそうです。ほおー。

西村書店のワンス・アポンナ・タイム・シリーズは過去に何冊か見ています。絵が美しくて、子供向きと言うよりは大人向きだな、と注目していました。こんな作品も入っていたとは驚きです。感心。しかも現在も流通中ー! 本書は定価¥1050。薄いけど、持っていて損はないと思います。オススメ。

ずきん→帽子つながり

あるといい。
『あるようなないような話』(ライナー・クンツェ 野村ひろし訳/岩波書店)

童話です。「ライオンのレオポルト」「たこのヤーコップ」「ルートビッヒ」と、おまけの極短編2編を収録。
クンツェさんが娘のマルセラちゃんのために書いた童話だそうです。
私は「たこのヤーコップ」が好きです。たこは凧のほう。入院中の男の子の誕生日のプレゼントに、お父さんが投函した凧をめぐってひと悶着。葉書と違って、びらびらが付いているから、その分の切手が足りないというわけです。このまま配達してあげるかどうするか、下級郵便局員のシュレックさんは中級職員のところへ相談に行きます。中級職員は上級職員のところへ相談に行きます。上級職員は郵政省の部長に電話をし、部長は次官に電話をし、次官は大臣に電話をしますが、大臣は朝食中で返事を待たなければなりませんでした。このままでは、男の子の誕生日に間に合いません。どうしよう?
シュレックさんとお掃除係のマイスキューベル夫人の超法規的措置(笑)で無事配達されることになります。その配達のされかたもカッコイイんですよ。
対象は小学2、3年以上。どのお話もささやかな事件がメルヘンとして描かれています。そして、大人の意見がさりげなく隠されています。(上述のお役所批判、とかね)
それからすべてのお話に郵便局員さんが登場することも忘れていはいけません。クンツェさんは郵便局員さんに特別憧れていたんだろうなあ。
挿絵は和田誠さんです。やったね! かわいい童話集です。

→郵便つながり

ロスト・ワールド。
『ネイチャー・ノート』(イーディス・ホールデン 岸田衿子・前田豊司訳/サンリオ)

美しいでしょ?
美しい御本です。1905年、当時34歳の御婦人が、英国の自然を水彩で描き、詩や観察記録を添えています。
執念のこもった細密画ではありません。可憐な繊細さです。愛情のこもった優しい筆使い。
彼女が友達だったら、私は時々訪ねるでしょう。騒々しい私の四方山話を、彼女は苦笑しながら聞くでしょう。彼女にとって私は粗野な訪問者だろうけど、おいしいお茶をいれてくれるに違いありません(微笑)。清らかで優しい人に違いありません。─と、妄想が広がる、人柄の滲み出た、大切に描かれたノートです。
今、100年以上が経ち、ずいぶん荒涼とした世界で私たちは暮らしているつもりでいますが、春には花見もするし、鶯もやってきます。私たちがネイチャー・ノートを残せば、100年後の人々はやはりロスト・ワールドだと目をみはるのかもしれないと、ふと思いました。

その後、1906年にイーディス・ホールデンさんが描いたのが「カントリー・ダイアリー」だそうです。これもサンリオさんから出ています。サンリオさんは目の付け所が違います。紙質もなかなかよろしいです。おすすめ。

→手帖つながり

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