■本に出てくるおいしい食べ物 P9


▼腹を出して追いかける屋台の餃子。

おいピータン!! 『おいピータン!! 講談社コミックスキス』(伊藤理佐/講談社)

いきなりですが、 今日のウチの会話。
私:「あ、伊藤理佐の漫画買ったよ」
愚弟:「エロいんか?」
私:「いや、それがエロくないんだよね。ビックリ」
愚弟:「マジ?」
そんな失礼な言われようをしてしまう異色の漫画家・伊藤理佐さん。だって、すごいんだもん。ウチには代表作(?)『微熱なバナナ』 がありますけど、読み終えると淫語猥語に耐性ができます。(いや、読み終えられればね。という位、人を選ぶ漫画です。) 伊藤理佐と言えばバナナだと思ってたんで、このようにハートフルな作品もあることを今までまったく知らずに過ごしておりました。もったいなかった! オムニバス短編集。全編、食べ物の出てくる恋の話。全編、8ページポッキリ。なのに、なぜ、こんなにドラマが詰まっているのか(絵はスカスカなのにな)。その辺にいそうなフツーのオナゴや恋人や夫婦。彼らの人生の小さなエピソードの展開が巧みで、一緒に一喜一憂してしまいます。私はうっかり、大森先輩のファンになってしまいました。1ヶ月に1回しか来ない餃子の屋台をハラ出して追いかけてくれる男。大好きだ…。
8ページ・起承転結・ドラマチック、さらに食べ物アリ。伊藤理佐さん、天才だったんだな、と気付きました(遅くてごめんね)。 ※大判になって流通中かな? 続きも買って、愛読の予定です。


▼問題作と呼ばれて。

最後の晩餐の作り方 『最後の晩餐の作り方 新潮文庫』(ジョン・ランチェスター 小梨直訳/新潮社)

問題作と紹介されています。そりゃそうでしょうね。私もそう思う。 「食べ物について思い浮かんだことを、訪れた土地、身のまわりで起きた出来事のみならず自分の思い出や夢や考えからなにから、ぐつぐつといっしょくたに煮えて風味とエッセンスが混ざり合い美味なるドーブ[蒸し煮]のごときものができあがるよう折に触れて書き留めていこう」と序文(それも物語の一部です)に書かれている通り、一人称で語られる「私」ことタークィンの生活と意見。人生と意見。食べ物を中心に据えた人生と思想です。 彼の子供時代にまでさかのぼって語られます。食の薀蓄に次ぐ薀蓄は、あっちに逸れこっちに逸れ、また戻る。それに付き合わされるうち、タークィンの人生が食べ物と共に見えてきます。 私の印象に深く残ったのは、「野菜とサラダ」の章でタークィンの父がお抱え料理人の作ったサラダを食べ、「この野菜は」「許せない」って言うところです。なんか、わかる(笑)。そういう時ってある。

日本食についての意見もほんのちょーっぴり見られますが、さすがに吉田健一の名前は出ませんでした。この小説、吉田健一さんに訳してもらえたらよかったのに。そしてタークィンは吉田健一さんの「饗宴」を読むといいのに。 あと、ある登場人物が「おいしい」と言うのをタークィンが内心で批判して、その「形容詞を一度たりとも使わずに仕上げようとしているのが、このわが美食学的歴史的心理的自伝的人類学的哲学的労作である」という箇所からは開高健のことを思い出さずにはいられませんでした。 あ、でも誤解なきように。タークィンは吉田さんや開高さんのように気持ちの良い食いしん坊ではありません。どこか憎めないのは確かだけど、とっても感じ悪いです。それに彼は人殺しなんです。(カバーのあらすじにも書いてあるし、言ってしまいます。) まー、端的に言って、食べ物中心の或る人殺しの人生です。それが徹底してペダンティックで、「ナメとーんのか」と言いたくなるくらいなもんで、問題作なんです。どうです、気になるでしょ?


▼海亀のスープ。

食糧棚 『食糧棚』(ジム・クレイス 渡辺佐智江訳/白水社)

海亀のスープの話は出てきません。 ただ、思い出すんです。 食関係の心に残る小話ってありますでしょ? それは怖いにしろ、気味が悪いにしろ、笑っちゃうにしろ、いつも心をくすぐります。忘れずに心に留めて、折りにふれ披露したくなる。 本書にもそんな魅力があります。食にまつわる64話。全部短編です。全部、ジム・クレイス著。 食の風景のスケッチとでも申しましょうか。食べることの中に姿を現す人生の真理とでも申しましょうか。エンターテイメントとは申しませんが、白水社さんですからね、ワザありの小説なんです。 この本を読めば、好むと好まざるとに関わらず、相当数の短編を記憶してしまい、まったく関係ない時に思い出して、「うー! この話はどこで読んだんだっけ? なにかの長編のエピソードだっけ? アノ人のホラ話だっけ? 奇妙な味の短編だっけ?」と、悩ましくなるに違いありません。 私はすでに悩ましくなってます。レストランの支配人の話、新婚夫妻の話、漂流中の夫婦の話、浜辺の家のメロンの話。どれもがこの1冊の中にあったんだっけ!? なかなか凄い本です。


▼十個のウニに、エテジア季節風をふた吹きとレモン汁を一滴…。

彼女はいつもおなかをすかせている 『彼女はいつもおなかをすかせている』(アンドレアス・スタイコス 伏見イワン訳/ソニー・マガジンズ)

登場する料理のレシピ付きの恋愛小説です。いや違うな。「恋愛小説付きのレシピ」ですね。料理のほうがメインに感じられます。 ダモとディミーは隣同士。ダモは、ナナという女性とお付き合い中。彼女には夫がいます。しかし、ふとしたことから、ディミーもナナと付き合っていることに気付き大混乱。 ナナは奔放で、美しくて、ウィットに富んでいて、そしておいしいものに目がありません。ダモもディミーも、なんとか彼女を喜ばせようと、必死で料理を作ります。 あぁー! いいなぁー! もう! ナナになりたい! なりたい! そう思う女性は多いはず。 そんなナナの好きなウニの食べ方が「十個のウニに、エテジア季節風をふた吹きとレモン汁を一滴」。うまそう~。 ギリシャが舞台の小説で、登場するのはギリシャ料理のようです。でもウニの食べ方は似てますね。日本海の寒風をふた吹きと醤油を一滴。 二人の男性の悩み方や、恋敵への牽制の仕方が、悪いけど笑えます。さらさら読めます。全140ページの中にレシピ36種類収録。写真があってもよかったかもね。


▼何にでも天才がいる。

ヒロ子のドッキドキ!ラタン・ブック 『ヒロ子のドッキドキ!ラタン・ブック』(信耕ヒロ子/日本ヴォーグ社)

籐細工(ラタン細工)の教本です。しかし、想像を超えています。ものすごく超えていると思いますよ。一見の価値アリ。ホント。 表紙の美味そうなクロワッサン。下はラタン細工で、しかも財布です。パカッと開いて小銭が出てくる。欲しい…。 他にも、パスタ入れになっているフランスパン(そっくり!)とか、食パン入れになっている食パン(これもそっくり!)とか、キャベツやカボチャもございます。 男子の喜びそうな小さなヘリコプターや、自転車、ヨットも。スニーカーも。スニーカー欲しい! 何にでも天才は存在するね!と、唸りながら感心しました。 作者さんののどかな心意気を感じられるコメントもあります。この手のテキスト本にしてはコメント多めです。何だか面白い人のようですよ。眺めて楽しめるのは勿論、読み物としてもイケます。腕に覚えのある人は挑戦してみてください。不器用な人は、眺めて微笑みましょう。ひそかにオススメ。


▼それでも人生は料理でできている。

落ち込んだときは料理を作ろう 『落ち込んだときは料理を作ろう』(ルース・ライクル 二上薫訳/はまの出版)

一読して大好きになった『大切なことはすべて食卓で学んだ』 の続きです。つまりルース・ライクルさんのその後。 前作同様、自伝、的小説です。 レストラン批評家になったルース。まだ駆け出し。もともとお嬢様なんだけど今じゃすっかり自由人風扮装のルースは一流レストランに入るところからひと悶着あり。しかも費用は持ち出し。 さらにあんなに理想的だった夫ダグとの仲にも、すきま風。新しい恋?! あの母は相変わらず(むしろ悪化)。そしてあの父は─。 人生にはほんといろいろあるよね! 前作は少女から大人へ、そんな過程でした。「そして彼らはいつまでも幸せに暮らしました。めでたしめでたし」で終わりました。ところが、次の頁があったんだという驚き。 まー、確かにね。人生はそこで終わりじゃないよね。今からだよね! 誰の人生にも起こり得るハプニングや試練、彼女の場合、やっぱり普通の人よりもそれが多く激しい気がしますが、どんな時も料理が彼女の救いであり、試練のある分、喜びも多いのです。私なら、魔女の宅急便のあの台詞、「おちこんだりもしたけれど、私は元気です」を帯にしたでしょう。 今回ももちろんレシピ付き。ルースは仕事柄、外国にも行くので、彼女が新しい味に出会って目覚めるところ、こちらもワクワクさせられます。


▼今更だけど。

味 日本の名随筆12 『味 日本の名随筆12』(田辺聖子編/作品社)

1、アンソロジーが好き。
2、食いしん坊。
そんな人なら、最初から最後まで微笑んで読める良書です。 ウフフ、ウフフ、と終始笑ってました。特に吉田健一の『饗宴』は、何度読んでも爆笑です。おっかしいよ、吉田さん。吉田さんのおかしなところは、 『旨いものはうまい』の天どん話 でも、存じ上げておりましたが、『饗宴』もね、ちょっとひとこと物申したいくらい、おかしい。チフスや胃潰瘍になったら、美食の空想で空腹をまぎらわせるのが良い、というわけで、空腹をまぎらわすための美味妄想を14ページにわたって、事細かに書いていらっしゃいます。それ、どうなの? あそこへ行って、何々を注文し、あそこではこんな風なものを注文し─って、やっぱり私の仲間ですか(笑)? 開高健『鮭』もさすが。彼は本当に「おいしい」とか「美味い」とか、書かないんだなぁ。種村季弘「天どん物語」では、相変わらず種村さんの姿がはっきりそこに見えるし、 私の好きな森茉莉「卵料理」も収録されている。北大路魯山人は、最高の美味はふぐとわらびと語っておいでです。 全作品を通して、そこに漂う切実さ真剣さに笑えるのです。(唯一納得いかなかったのは、津村節子「大きなお世話」かな。甘っちょろいこと、言っちょったらイカン。魯山人だって怒ると思う)
この日本の名随筆シリーズ、本屋に並び始めた頃のことを覚えています。良さが認められてか今も流通中。¥1890(※この記事作成当時)はちょっと高いです。古本で揃えるのもいいかもしれません。 →同シリーズの当店在庫を検索する


▼人生は料理でできている。

大切なことはすべて食卓で学んだ 『大切なことはすべて食卓で学んだ』(ルース・ライクル 曽田和子訳/TBSブリタニカ)

料理で人生を語る。そうかー、そういうことも可能かー。 あの人の料理。あの時の料理。あの頃食べていたもの、やり方。あの時、通った店。あの店で出会った人。あの人の食事のしかた。あの食べ物についてあの人が言ったこと。 ひょっとすると、人生はそれだけでできているのかもしれませんね。 何事も物事は極めると、こういう境地に達するんだなぁと思います。ほら、 ブリア・サヴァラン さんも言ってたでしょ? 「どんなものを食べているか言ってみたまえ。君がどんな人であるかを言いあててみせよう」って。食の嗜好は食だけにとどまらないのです。

本書は自伝的小説です。あ、自伝と言っても、そこらへんのフィクションよりずーっとずーっと愉快ですから安心してください。 一人の食いしん坊のオナゴの半生。彼女の人生に関わった人々、彼らの教えてくれた料理。そのレシピもあるんですよー!(全部じゃないけどね) バーディおばさんのとこのアリスには「リンゴのパイ包み」を、まったくメイドらしくない威厳のあるペイヴィ夫人には「ウィンナーシュニッツエル」を作ってもらいながら、少女ルースが学んだのはレシピだけではありません。人生の横顔です。 その後、典型的アメリカ富裕階級のルースは親元を離れ、不良もやり、アルバイトをし、ヒッピー(?)にかぶれ、恋をし、仕事をし…。でも、じつは私が好きなのは少女時代。特に、母親にフランス語学校に放りこまれるところです。ベアトリスとそのパパの話が大好き。この本の面白さに懐疑的な方はそこ(第4章「火星」にて)だけでも読んでください。きっと気に入りますから。 とびきり楽しい家庭内エンターティメント。西川治さんに続き、また友達が一人増えた気分です。


▼仲間かもしれない。

旨いものはうまい 『旨いものはうまい グルメ文庫』(吉田健一/角川春樹事務所)

吉田健一さんが、すごく食にこだわっていて、おいしいものをたくさん知っていて、飲んだり食べたりしていることは存じておりましたが、彼が、涙ぐましいまでの食いしん坊だとは存じませんでした。 本書を読む限り、どんなせせこましさも厭わない食いしん坊です。 第1章 美味求真、第2章 酒と人生、第3章 旅の食物誌、第4章 女房コック論として、吉田健一さんの食関係のエッセイを集めています。(底本は集英社版『吉田健一著作集』) ま、ちょっと聞いたってください。 「トオマス・ハアディイの小説に、と少し勿体振つて切り出すならば、その小説に、女の所に急に恋人がやつて来たのを女が責めて、楽みの半分は期待にあると言ふ所がある。食べるのも同じことで、天どんが好きなものは、明日は日曜だから天勝に天どんを食べに行きませうと思ひ、前の日から御飯の上に置かれた天麩羅のころもの揚り具合や、御飯に染みた汁の色を胸に描いて、愈々日曜になつて電車に乗つて出掛けて行き、先づ見本の蝋細工か何かの天どんを眺めて、又少し実際に食べるのを延ばしてから、店に入つて天どんを注文して食べた方が、隣の天麩羅屋が間違つて届けて来たのを、折角だからといふので食べるのより楽みが多い。(本文より引用)」 もう、笑うしかないんですけど。笑うとこでしょ? 私の仲間ですか(笑)? また、旅の章では、恐らく彼にとっては自然な、食への執着具合が笑えると同時に、その執着具合に武田百合子の『ことばの食卓』『犬が星見た』を思い出させられました。手触りが似ています。同じ魂を感じるのですが、いかがでしょう。
出てくる食べ物のみならず、美しい文章と確かな教養も堪能できる、稀なる、食エッセイ集。オススメ。


▼ファーゲッセン寮のチーズケーキ。

可愛い女へ。お菓子の絵本 『可愛い女へ。お菓子の絵本 ブーム・ブックス』(入江麻木、宮川敏子他:お菓子制作 松浦英亜樹:イラスト/鎌倉書房)

不思議の国のアリス、メアリー・ポピンズ、あしながおじさん、赤毛のアン、白雪姫、シンデレラ、眠れる森の美女、ふたりのロッテ、アルプスの少女ハイジ、赤ずきんちゃん。 そこに出てくるお菓子、あるいは、そこに出てきたのであろう想像のお菓子を、先生たちが再現してくれます。全43種。カラー96p、残りモノクロでレシピ解説。カラー写真はうまそう、カラーイラストも華やかで、大変よろしいです。(※まれにレシピのないお菓子もあります) はっきり言って、オナゴはたまらんと思います。ジルーシャ・アボットが暮らしたファーゲッセン寮215号室、彼女は自由時間にはそこで足長おじさんに手紙を書きます。疲れたらティータイムにしたでしょうか。入江麻木さんがそう想像して作るチーズケーキ。うっとり。食べたい。子供の頃に、原作たちとセットで読みたかったなぁ…! 「ペーパーバックス普及版」とありますから、ハードカバー版もあるのでしょう。
→ミニ特集・お料理絵本


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